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父と愛犬と暮らして4ヶ月。本当の意味で、家族になってく月間。

この記事、先日、途中まで書いていて、そのままになっていました。

せっかくなので、書き直しながら加えてアップしてみます。

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震災直後に母が倒れ、インド・ダラムサラ行きは前日にキャンセルして、看病のため実家に戻り、それ以来、父と愛犬と二人と一匹暮らし。

精神の死の淵に何度も立った母。3ヶ月半ほどは、アップダウンする母に、ほぼ一日中つききりの日々もあり、私の精神も体力も気力も、よく持ちこたえたもんだと、いまさらながらに、自画自賛(笑)

やっと、7月に入り、心に余裕が出始めました。長い長い、時間でした~。

会うときは笑っていても、その裏側で、人生みんな本当にいろいろなんだなぁ、家庭家庭で本当に見えないことのほうが多いのだなぁ、と思いますが、本当にいろんなことはあるんですね。

すべては、愛を体験するために。

と思っていても、そんな崇高な視点から捉え続けられるほど、私は人間できておらず、人間くさい人間ちゃんを数ヶ月やっておりましたが。。

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実家に戻った当初は、癒されていない15歳の私が頻繁に顔を出し、父に泣いたりわめいたり、思いをぶつけ続けてみたり。

台所のテーブルのうえに、置きあうメモ。内容は、超ヘビー(笑)

父親に、こんなこと言っちゃったよと、結婚して子どもも3人いるお母ちゃんになった友人に打ち明けると、「あんた、それ、高校生の会話じゃで」と笑われる始末。

そんなことはわかっていても、解放させておくんなまし、私のインナーチャイルド。一回ごと、もう二度と起こらない出来事が進んでいって、いま、やっと実年齢の私として、実家にいるような気がします。

父の前で、キャパオーバーになって、泣き崩れたり、

妹の前で、プライド捨てて、だだ泣きしたり。

絶対、家族に本当の弱い姿なんて見せない!って強がって生きてきた、かつての私からは考えられない快挙。

3月に、「もう一回、家族をしよう。家族になろう」と父に言われて。

私のなかに愛なんてこれっぽちもない。私にできることなんか、なんにもない。愛ってなんなのか、全くわからなくなった。=生きることすらわからなくなった。

ガラガラと自分が築いた価値観が崩れたそのときに、父は、売り言葉に買い言葉のように言いました。

「とにかく帰ってこい。そして一緒に住もう。一緒に暮らせば、家族がなんなのか、愛がなんなのか、わかるから」、と。

私は、それでも、ほんまかよ、ただ一緒に暮らすだけで愛がなんなのか、家族が何なのかわかるのかよ!なんて思っていました。

でも、そのときは、家族の緊急事態に、家族に寄り添わない選択肢は、私の人生において、まったくありませんでした。

すべてを一旦停止しても、全力で家族に寄り添う選択しか、私の人生には考えられませんでした。

そして、一方で、家族ともう一度、一緒に暮らすことが、私が愛を感じる唯一の手段のようにも思えました。

「本当に、愛がなんなのか、家族がなんなのか、わかる?」。か細く聞き返す私に、「絶対にわかる」、父は力強く答えました。

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父もそれだけ、家庭、家族というものに対する思い入れが強かったのでしょう。

私が、幼いころから願ってきた本音で話すことのできる家族の関係。心を開いて、安心して信頼して、笑い合える関係。

それは、父が願ってきたものと同じだったのかもしれません。

いつの間にか、大きくなった。と父が言うように、私の中にも、父と実生活として、わいわいどんちゃん言い合いながら、一緒に暮らした記憶はほとんどないのです。

母には、我ながら、すこぶる優しくできるのに、父にはついつい優しくない大人気ない私。

父の施してくれることに、無駄に抵抗して、拒絶して。そういう行為が、一番、父を傷つけてきたのかもしれないと最近思うようになりました。

「ありがとう。お父さん、嬉しい!!」とにっこり無邪気に笑って受け取ることが、実は、一番、父にとって嬉しいことであり、父が生きてきた道を肯定する何よりのプレゼントなのかもしれません。

毎日、「ゆっくり休んでね」と眠りにつく父を台所から見送ります。どうか、お父さんが明日も元気で、心から笑っていますように、といつも心のなかでは祈っているのです。

家族の笑顔と幸せが、私の幸せだから。

母は、「こんなにもあなたが献身的に付き合ってくれるとは思わなかった」と、最近になって話します。

あぁ、実家を離れて15年?!ひとときだって、家族のことを思わなかった日などないというのに。私がどんなに思おうとも、その思いは、本当のところ、伝わっていなかったのかもしれません。

寄り添うという「行動」にまさる愛は、ないのかもしれません。

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昨日は、スーパーの買い物から戻ると、実家の庭で、父と車椅子に座った母、妹と小さな甥っ子が、おしゃべりをしていました。

「おかえり~」とみんなが、笑顔で迎えてくれて。甥っ子が小門まで歩いて、出迎えてくれて。

ちょっぴり、涙がでそうなくらい、平穏な光景でした。

私が、求めていた幸せは、ただこのことかもしれないとさえ、心のなかでは思いました。

甥っ子をみて、父が笑っている。母が笑っている。妹が笑っている。私も笑っている。

これがどんなに幸せなことか。

ただ、これだけのことが、どんなに幸せなことか。

「いってらっしゃい」って笑顔で見送って、「おかえり」って笑顔で迎える。

ただ、それだけが当たり前のように繰り返されるスペシャル。私の家庭や家族の理想があるとするならば、それだけのような気がしました。

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18年間、ずっとずっと出たかった実家。福山という町。もの心ついてからは、どうやって、この町を出ようかとばかり考えていました。

瀬戸内の魅力を感じようともしませんでした。子どもの私には、しっとりとした瀬戸内は、どことなく寂しげにも感じられたからです。

けれど、昔から、瀬戸内海の島々は、好きな風景でした。

穏やかでのんびりとした瀬戸内海。そこに、ぽこぽこ浮かぶ島々。きらきら光る水面。それは、10代の私にとっても、美しい景色でした。

「のどか」という言葉がぴったりあてはまる情景は、このままこの時間がずっと続けばいいなぁと、いつも私に思わせました。

そんな好きな情景がスペシャルなものになったのは、瀬戸内を離れて上京してからのことです。

昔は、嫌だった方言も、「二ヶ国語を話しているみたい」と友人に言われると、いい気になったりして(笑)

そして、今回、改めて瀬戸内で暮らしてみて、マイペースに戻す「のどか」なところだなと思います。

ちなみに、私の実家のある福山周辺(備後地方)は、広島県といっても岡山の県境。安芸の国・広島とは、若干、雰囲気が違いますので、あしからず。

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そんなこんなで、瀬戸内っていいところじゃな~という思いが高じて、旅がセッションじゃ~の勢いで、こころのドアを開く旅。DOORSの仲間にも触発されて、「ようこそ瀬戸内ワンダーツアー」なるものを、思いつきでやってみようと思ったわけです。

瀬戸内海クルーズ(無料)は、父の協力あってのこと。決行可能なときには、私と父の親子掛け合いをご覧になれるかもしれません。私のことを、先生と呼んでくださる方もいらっしゃいますが、私は、父の前では、単なる、がきんちょですから、どうぞよろしく(笑)

先日も、ぶどうを食べながら、「こんなに出来た夫で、母さんは幸せじゃなぁ」と父。

パソコンに向かいながら、「それをいうなら、こんなに出来た娘で、お母さんもお父さんも幸せじゃなぁ」と私。

二人で、「幸せかどうかは、相手が決めること。でも、自画自賛せんと、やっちゃおれんわ」なんて、笑ったことです。

とにもかくにも、今日も一日、心身健全で、穏やかな一日でありますように。

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☆ようこそ瀬戸内ワンダーツアー。参加者募集中!

http://happy-hirokacchi.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-fade.html

☆瀧行&お社に泊まる戸隠ワンダーツアー。参加者募集中!

http://happy-hirokacchi.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-7564.html

☆インスパイア実践会「直観の声を聴いて生きていますか?身体とつながるワークショップ」。私も参加します。参加者募集中!

http://happy-hirokacchi.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-ce10.html

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